▼「心境としてはホッとしている」
万感の思いというよりも、安堵感のほうが強かった。
準備期間を含めたこの2週間近く、岩尾憲は大きな重圧と戦っていたからだろう。
「(ACL決勝という)この舞台に立っているという事実とタイトルを獲らないといけないという責任感とこの2週間戦ってきましたから。心境としてはホッとしています」
“決勝点”は自身の右足から導き出した。48分、小泉佳穂が獲得したFK。岩尾のキックがファーサイドに逃げたマリウス ホイブラーテンにわたり、ホイブラーテンのヘディングシュートが相手選手のオウンゴールを誘発した。
大きく勝利を近づくゴールにも、岩尾はそれほど喜びを示していなかった。「1点を取って終わりではないですし、喜ぶのは終わったあとでいい」。そう思ってゴールセレブレーションに加わることはなかったが、振り向けば主将の酒井宏樹がガッツポーズで喜びを表現していた。主将がそこまで喜びを表現しているのであれば、それを共有しない手はない。こうして岩尾は酒井と熱い抱擁を交わしていた。
「失点ゼロで勝つことだけを考えていた」岩尾にとって、1-0での第2戦勝利は願っていた結末。喜びの共有がひと段落し、タッチライン際で給水すると、メインスタンドのファン、サポーターに向けて、力強く握りしめた右拳でその声援に応えていた。
わずか3年前。2020シーズンの終わりにJ2優勝を果たし、トロフィーを掲げた徳島ヴォルティスの岩尾がこうしてアジア制覇を成し遂げる一員になれた。当時の自分からは「完全にイメージを凌駕している」が、代表歴もない自分がこの景色まで辿り着けたのも、J2の戦場を戦い抜いてきた時間があったからだ。
「J2で長くやってきた人間が結果を残すことで響く人がいると思うし、やり続ければこういうことも待っていることがあるということを見せられたことに一定の充実感はあります。最初に加入した湘南も奇跡のような加入でした。さまざまな方々の応援と自分の決断があった中で今の自分があります。これまで所属した湘南、水戸、徳島で関わった全ての方々も喜んでいる結果を得られて本当に良かったです」
埼玉スタジアム2002のスタンドには自身の運命を変えたと言っていい存在のリカルド・ロドリゲス前監督の姿があった。徳島で4年、浦和で1年を過ごした恩師だが、ACL決勝に関して、本人と連絡は取っていなかったという。それでも、リカルド前監督がスタンドにいたことを報道陣から振られると、岩尾はこう話した。
「個人的にはいろいろな思いがあります。リカさんだけではなく、小幡直嗣(元コーチ兼通訳)も含めて、彼らと共にはできなかったですが、これには満足せずに次に進みたいと思います。リカさんに報告するとしたらですか? 見ての通りです。あなたが教えたプレーヤーは見ての通りの選手になりました」
小幡氏の名前まで出すあたりに、所属チームでリーダーを務めてきたパーソナリティーが凝縮されている。苦労人であり、生粋のリーダーである岩尾に、アジア王者のメンバーという輝かしい称号が加わった。