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▼病床の教え子・工藤壮人へ「ファイティングスピリットを届けられて…」
身振り手振りを交えながら、ビルドアップの矛先やプレッシングの強度を指示していく。時にはそのまま尻もちをついてしまうのではないかと思えるほど、腰をかがめ、立ち上がらずに、怒声を轟かせているようにも見えた。ここまで熱くなっている吉田達磨監督は目にしたことがない。それにはもちろん、理由があった。
「この試合はベンチから珍しく怒鳴りつけて、走らせたり、戦わせたりを若い選手たちに向けてやりました。「サッカーの試合はチャンスが何回でもあると思うなよ」という思いがあって、プレーしたくてもできなかったり、ピッチに立てないことがあることを知ってほしい。それがままならないこともあります。それがいつ奪われるのか分からない。その理由が成績かもしれないし、何らかのアクシデントかもしれない。急に何かが起きるかもしれません。1日1日を大事にして、悔いのないサッカーをして、その仕事を全うしてほしいという思いがありました。それを勝利につなげられました。
私自身、優勝して甲府を去れるのは幸せなことです。選手たちにはプロの舞台に立てるうちに闘志を燃やし続けてほしいです。特別なシチュエーションにいる人がいて、そこに勝利を届けられて良かったです。サッカー選手でいられることは素晴らしくて、何かを残して努力し続けられることは尊いです。次が必ずしもあるとは限らないと身に沁みて思い知らされています。だからこそチャレンジすることを止めないでいきたいと思います」
記者会見でのこうしたメッセージは、きっと今は病床にいる教え子に向けられたものだと容易に想像がついた。吉田達磨監督と工藤壮人(デゲバジャーロ宮崎)。育成年代を監督として指導し、筆者が柏レイソルの担当記者を務めていた2013シーズンは、強化トップと新たに9番を背負ったエースストライカーの関係性だった。
冒頭の総括で触れた「特別なシチュエーションにいる人」とは、現在は水頭症の手術を受け、容体が悪化し、ICU(集中治療室)で治療中の工藤壮人のことか。そう尋ねようとしたところ、別の記者が似た類の質問をし、その回答が以下の通りだった。
「すごい男です。小さい頃から知ってますけど、あれだけの人間が、あれだけの男が、本当に苦しみの中にいて…エールを送るとかではなくて、とにかく今日は勝利と、戦っている姿を届けられたらと思いました。アイツとは関係が深過ぎて、いろいろなものをともに勝ち取って、ともに傷ついて、ともに這い上がろうぜ、オレたちまた次があるぜ、毎日一生懸命やろうと一番実行してきた男です。今日、アイツにファイティングスピリットを届けられて良かったです。それだけです」
会見場を後にし、入口のドアが閉まると、達磨さんの嗚咽が聞こえた。師弟関係の深さに、言葉は必要なかった。